家族支援のきほん

家族支援は、だれでもレジリエンス(=回復力)があると信じてる!

私の師匠が言っていました。

master Matsuzaki
master Matsuzaki
人間はね、バネばかりと一緒なんだ。下に伸びれば伸びるほど、その重荷が外れた時に、逆に大きく上へ跳ね上がるんだ。

レジリエンスを表現するのに、これほど的を射たものはないんじゃないかと思います。

Contents

レジリエンスって?

人間には、もともと元に戻る力が備わっている。

というのが、家族支援におけるレジリエンスの意味です。

これを信じぬくからこそ、家族支援というアクションは存在します。
家族というのは、人が作る最小限の単位で、その一人ひとりに働きかけるのが家族支援。

そのアクション(働きかけ)が無益だというのなら、当然、家族支援は成立しません。

レジリエンスという概念は、家族支援にとってそれほど大切なものなのです。

家族メンバーのレジリエンスを信じてエンパワーを阻むものを取り除く。
そのための手法が、様々な家族支援的実践なのです。

レジリエンスは、元々は「復元力」「弾力性」といった特性を表す工学用語だったそうで、それが、人間の力にも応用されて使われるようになったそうです。
レジリエンシ―とも言いますが、英語圏のウエブサイトでレジリエンスとレジリエンシ―のちがいについて検索したら、意味に大差はないという解説と、レジリエンシーのほうが「恒常的な能力」というニュアンスがある、という解説の両方が載っていました。

 

レジリエンスでレジリエンス

家族支援職資格課程でいちばん最初に学ぶ必修科目は、「家族問題1」です。

これは、家族に起きうる全ての課題を網羅して把握する学習。
これがなかなかのハードなお勉強。

来る日も来る日も、
心が重たくなる社会課題を、これでもかこれでもかと突きつけられます。

この科目を終えたら、家族に起こる課題は全て頭に入るのですが、
もう、目の前に積まれる文献に山のように並べられる実例を、読めば読むほど、知識が増えるのと同時に心はブルーになっていく。

参考までに、各単元のタイトルを書いておきます。
 日本語にするとどうしてもニュアンスが変わってしまうので、英語も併記しますね。
※これは私が教わった時のコンテンツ。今は改訂されて内容がちょっと変わっているらしいです。

1.社会のなかの家族Family in society:Community as context
2.家族の発達Family Development:Newer perspective
3.関係と社会におけるパワーPower in Relationships and Society
4.文化、多様性、偏見Culture,Diversity and Prejudice
5.性的役割分業Gender:Role of women
6.家族の中の男性men in Families,Men as fathers
7.結婚と離婚Marriage and Divorce
8.出生率、出産、子育てFertility,Childbirth and Parenting
9.仕事と家族Work and Family
10.貧困Poverty
11.家族の中の暴力と虐待Violence and Abuse in the Family
12.誰かを世話する人(ケアギバー)としての家族Family as Caregiver
13.レジリエンス(再生力)とキャパシティ(力量)Resilience and Capacity

 

mami
mami
余談ですが、これを学んだ2000年ころは、まだ今のように子どもの貧困に注目が集まっていなくて、私も「日本には、そこまで深刻な極貧はあまりない印象がある」とレポートに書いて、カナダの先生に叱られました。そしたらその後、日本でもブームみたいに貧困問題に注目が。貧困問題だけじゃなくて、高齢者虐待や、父親支援など、ここで一通り教わったものは、数年後、あるいは十数年後に必ず日本で問題になっていました。だから、英語でモノを学ぶってことは、日本の近未来を予見できるってことなんだろうな、って今は思ってます。

そうしてさんざん家族の重たい問題を学び続け、すっかりどよーんと暗く落ち込んでしまった最後の最後に用意されているのが、レジリエンスについての解説。

ここで学び手は、人間の持つレジリエンスという素晴らしい力によって、これまで学んできた全ての重い課題に立ち向かうことは可能なのだと学ぶのです。

私のどよーんと暗く落ち込んだメンタルも、レジリエンスという希望の光に照らされ、みるみるレジリエンスしたのを今でも覚えています。

mami
mami
あのテキストって、そこまで考えて、学び手にレジリエンスを体感させるために、さんざん課題を並べて最後にレジリエンスの解説を持ってきたのかなー。もしそうだとしたら、カナダ人凄すぎる……。学びが計算され尽くしている……。

ちなみにこの後、どうやって家族問題へのアプローチするのかを、必修科目「家族問題2」で学びます。

家族支援者とレジリエンス

家族支援の対象者だけではなく、家族支援者自身にとっても、レジリエンスはたいせつです。

以前にも書いたように、もし、あなたがネガティブな体験を持っていて、そこからレジリエンスして抜け出しているのなら、あなたには、誰よりも家族支援者としての資質があります。

幼児期の辛い体験や、被差別体験、あるいは発達障害、心身の病気等の経験があり、しかも今それを克服している人のことを、サバイバーと言います。

なにをもってサバイバーと認定するかは諸説あると思いますが、過去の経験を整理して、「自分がただそこにいるだけで、なにをしなくても祝福される存在だ」と安心して生きている状態になれた、っていうことですかねー。

サバイバーになるというのは、とても難しいことです。
精神科医やカウンセラーの中にさえ、まだサバイバーという段階に至らず、人の役に立つことに依存して自分の課題を誤魔化していたり、誤魔化さずともレジリエンスの途中であったりする人がいる、とどこかで読みました。
社会的に大きな仕事をしている人の中にも、「なにかをしなくては、自分は祝福される存在ではないのでは」という不安から、大きな業績を残すに至っているというケースは少なくないそうです。
一見、皆から憧れられるような人が実は幸せじゃないっていうのは、きっとそういうことなのでしょうね。

ということは、シンプルに言えば「自分って幸せだなー」って思えるかどうかがサバイバーになった証拠?

でも、「幸せじゃなきゃならない」っていうのも息苦しいな。
なんだかんだ抱えながら、なんとか生きているのがワシら人間ですもんねー。

もっと大雑把に、とりあえず自分にオッケー出せればいいっていう感じでしょうか。

サバイバーの共感力はハンパないですよね。
当事者にとっても、安心できる存在のはず。
辛い過去を乗り越えて、今もなんだかんだあっても、自分にオッケー出せているサバイバーが傍にいる。
現状しんどい思いを抱えている家族にとって、こんな心強いことはありませんよね。その存在はきっと、彼らの指標にもなるし、励みでもある。
だから、レジリエンスを経験したサバイバーは、誰よりも家族支援者としての資質(これに実力をプラスすればプロです!)がある、ということになるのです。

master Matsuzaki
master Matsuzaki
人間はね、バネばかりと一緒なんだ。下に伸びれば伸びるほど、その重荷が外れた時に、逆に大きく上へ跳ね上がるんだ。